建築インプロヴィゼーション

私の中にある「即興性」が、私の「建築」に浸透するその日まで、ひたすら基礎練を積むブログです。

私は本当に、音楽好きかもしれない。

私の仕事は、建築だ。でも、一番好きなのは、音楽だ。

 

昔からずっと、音楽が好きだったさ。大学の時なんて、音楽がいつも生活の中心にあったさ。

 

勿論、そっちの道を、目指したこともあったさ。でも、何度も何度も踏みとどまったさ。なんでかな?

 

つまり私は、音楽の力を、本当に信じたかったのだ。音楽好きで、大量の音楽を聴いてきて、そういう奴が成れるのが、音楽人しかありえないのか、とね。

 

私はもうちょっと、音楽の力を強く信じたかった。本当に音楽が価値のあるものなら、万人にとって良い影響を及ぼすものであって欲しい、と願っていたところがあった。

 

だから、とまでストレートに自分の進路を決めたわけではないが、結構な割合で、そういうことを思いながら、私は、自分の進路を決めてきた。

 

音楽を生活の中心に置いてきた自分が、果たして他の世界でどれだけ通用するのか。勿論他の世界で、出来るだけのことはしてやる、とは思っていたが、その過程で、どれだけ音楽が助力となるのか。

 

その身を挺した実験は、今でも続いている。今までのことを思い返すと、役に立っていたような、足枷となっていたような、どっちつかずの実験結果だ。

 

今の私のフィールドは、建築だ。そしてきっと、これからもずっと、建築だ。

 

 

私の実験は続く。そして私は、音楽を好きでい続ける。

どうも、あれだ。

私はどうも、人を疑い深い目で見ることが、多いらしい。

 

他人に対して、がちがちにバリアを固めている、というかね。

 

本当の自分が合って、もう一つ、他人と接する用の人格、というのが存在するのである。

 

何故そんな人格が出来てしまったかというと、本当の自分を出して人と接すると、煙たがられ、馬鹿にされ、暴言を浴びることが、多々あったからである。

 

私の心は、凍り付いてしまった。なるべく心に傷が付かないように、自分を他人から守る術を、身に付けるようになった。

 

世の中は、本当に自己中心で出来ていて、自分が不快だと思うものは、とことん切り捨てる、そんな風に成り立っているのだ、と思うようになった。

 

 

 

 

 

 

…ところがどっこい。

 

 

捨てたものではない、この世の中は。と思えるようになったのは、つい最近のことである。

 

煙たがる態度の中にある我慢。馬鹿にする態度の中にある好意。暴言の中にある申し訳の無さ。

 

そんな微かなものが、私にもようやく少しずつ見えるようになってきたのである。

 

世の中の表面しか見えていないのは、私の方であった。世の中はもう少し、熱っぽく、優しさに満ちているのである。

 

寒々とした世界の中で、自分が自分として生きていくために、徒に自分の自分としての精度を高めてきた私であったが、それはあまりにも孤独な、寂しい道であった。

 

 

私は、もう少し人に頼ろうと思う。作り上げてしまった、この他人に対する人格は替えることが出来ないけれど、人はその堅苦しい人格だけを見てるわけではないのだ。

 

 

もっと、気を緩めよう。

4 hero

私は、バンドを、組みました。

 

 

ヴォーカル(70代半ば)

暴言吐きで、週に2日くらいしか出社しない、身勝手な大将。4人の中で最も華があり、高齢の割に、キレキレの頭の回転速さを持つ。

 

ギター(40代後半)

長身で、4人の子供を持つ、家族思い。子供全員に野球をさせ、自らは剣道をするスポーツマン。自身も少し子供っぽいところが…。

 

ベース(30代半ば)

私である。高学歴で、多様な実務経験を持つが、まだまだ素人。率直さが武器だが、それが仇となることも、多数。

 

ドラムス(20代後半)

中国出身。日本で大学院まで進み、社会に出たてのフレッシュマン。優しく、素直だが、日本語が下手で、世間知らず。

 

 

これが、うちらの面々です。ヴォーカルとギターが2人で演奏してるところに、今年から、ベースとドラムスが加わり、4人体制となりました。

 

このバンドには、過去には別のメンバーが入れ替わり立ち替わりいたそうですが、御大のヴォーカルのもとに、ギターだけが残りました。

 

まず、ヴォーカルが凄い。私はこんな人間、見たことが無い。織田信長が、こんな人だったんじゃないか、と思えるぐらいだ。

 

ギターもなかなかに癖がある。しかし、バンドを回しているのは、彼である。家族を背負い、事務所を背負うが、自慢のスポーツカーで、颯爽と動き回る。

 

ベースの私は、いわばマルチプレーヤーである。バンドを下から支えるということを目標に、拙い本業の実力を、せこせこと磨いている最中である。

 

ドラムスは、今どきの若者といった感である。センスが良く、チャーミングである。中国4000年の歴史を垣間見るのは、私だけであろうか。

 

 

私たち、ベースとドラムスが加入したばかりの頃は、かなりバンドの状況がやばかった。仕事が全く取れず、ヴォーカルも体調を崩し、かなりのフラフラ運転だった。最近ようやく、大きい仕事が一つ取れ、ようやく歯車が回り始めたかな?というところである。新加入の2人が、どれだけバンドに貢献できるかが、このバンドの運命のカギとなるだろう。

 

 

 

………失礼しました。これ、バンドの話ではなく、うちの設計事務所の話でした。音楽好きの私は、何事も音楽の型枠に嵌め込んでしまう質なのであります。しかし、私が組みたくて、なかなか組めなかったロックバンドが、違う業種で、このような形で組めた、という実感が強いのです。目指すは、レッド・ツェッペリン。私が目指すのは、ジョン・ポール・ジョーンズ。「天国への階段」を目指して、4人で邁進していきたいと思います。

 

 

 

 

ロバート・プラント、いつまで続くかなぁ…。さすがにちょっと、心配かも…。無理はしないで下さいね。(終わり)

空間の中に、家を創り出す。

まっさらで、何も無い空き地。夕暮れ時の風が吹き荒ぶ、何も無い空間。君は、こんな空間を目の当りにしたら、何をしたくなるか。

 

…何かを置きたくなるだろう。ウサギのオルゴール、フランスから届いた椅子、海底から引き揚げられた錨。

 

でもそれを置いてみよう。風は相変わらず、吹き荒ぶ。そのうち、それらのものも、風化してしまうだろう。

 

何が必要か。…壁が必要だ。この湿った空気を含んだ、南から吹く風を遮る、壁が何としても必要だ。

 

…壁を、置いた。どうだろう…。

 

倒れてしまった。無残にも…。壁を繋ぎ止める、枠組みが必要だ。縦に柱を、横に梁を渡そう。

 

どうだろう…。ウサギのオルゴールは、風の音に邪魔されること無く、メロディーを奏でている。やった。

 

程なくして、雨が降ってきた。あの生暖かい、夕立というやつだ。金属音が、水気で鈍る。オルゴールが錆びてしまう。

 

屋根を掛けよう。雨もひょうも、雷をも遮る、頑丈な屋根を、被せよう。

 

やった。これでやっと、フランス製の椅子に座って、ゆっくり本を読むことが出来る。やった。

 

…?…地面がぐちゃぐちゃしている。さっきの雨が、私たちの足元を、ぬかるみにしてしまった。…こんなところでは、くつろげない。床を設けよう。錨を置いても、これ以上錆びることのない、床を設けよう。

 

…やった、もう何でも置ける。やったぞ、もう何でも、置けるんだ。

 

 

 

こんな風にして、家は出来上がっていくんですね。中世ヨーロッパの城も、エスキモーの家も、日本の合掌造りの家も、基本的な発想は、同じです。外部から守られた、内部空間を得るために、躯体を頑丈に作り上げる、ということです。

 

家というものは、それこそ太古の昔から存在していたわけですが、結局昔から、人間の欲求というものは、変わっていないのです。昼は外でしっかり働きますが、夜は、雨に濡れずに、風にもさらされずに、ゆっくり休みたいのが、人間なのです。

 

 

 

娘「ママ、どうしてみんな、家に住んでるの?」

 

母「それはね、人は、安心してくつろげる場所が必要なのよ。」

 

 

どんなに体力があり、どんなに活力あふれた人間も、休息は必要です。休息する場所として、人は自分の家を、持つのです。

 

そして、家を飾るのも、人間の正しい欲求です。仕事ではなく、休む場所としての、家。そこを、自分の好きなように飾り付けたい、と思うのは、自然なことです。汚らしい、汚れた家に住むと、人の心は荒んでしまいます。

 

家はいつの時代からか、機能的な面に加えて、装飾的な面が、非常に重視されるようになりました。それは、世界中のどこの国においても、同じです。自分の家が、美しくあって欲しいと願うのは、万人共通の思いなのです。

 

私はこれから、様々な建物について、色々な考察をしていこうと思います。きっと、あんまり面白い文章にならない気がしています。でも、色々と工夫をしてみるつもりです。あまりハイペースでは書けませんが、どうか長い目で見守ってやってください。それでは、また。

痛いほどわかる。

今日は、3月11日。東日本大震災の起こった日です。

 

震災で、身近な人を失ってしまった人々の悲しみが、身を刺すように感じられます。ご冥福をお祈りいたします。

 

 

このブログは、建築のブログですが、建築の世界でも、地震というものは、大きな懸念材料です。建物に、どれだけの強度を持たせるか。いかに作りを強くしても、それを超える大きさの地震が起きてしまえば、やはり建物は、倒れてしまいます。

 

これは、建築の分野の中でも、「構造」の問題です。

 

私がこれから進む分野は、「意匠」ですが、「構造」を無視した「意匠」は、あり得ません。建物の安全性を確保したうえでの、意匠デザインです。どちらかがより重要だということはありませんが、「意匠」に身を置く者としても、「構造」の知識を身に付けることをおろそかにしてはいけない、と私は思います。

 

 

私は今日、川越に行って来ました。小江戸と呼ばれるくらい、江戸時代から続く街並みの残る土地です。その時から考えれば、この街並みは、関東大震災にも、東日本大震災にも、耐え残ってきたものなのです。遥か昔から、建物の耐久性というものは、重く考えられてきた証拠であると思います。

 

私も、建物を作る身としては、何十年後も、何百年後も立ち残る、そんな頑丈な建物を作りたいです。何世代にも渡って、住む人を見守り続ける、利用する人に安心を与える、そんな建物を作りたいです。

 

そして、街に溶け込み、街の個性となる、そんな建物を作りたいです。

 

 

私は今日、喜多院にも行って、参拝をしてきました。喜多院は、平安時代創建のお寺です。千二百年もの間、この町を守り続けてきた建物なのです。私は、お祈りをしていた時、ふと誰かから、力を貰ったような気がしました。きっと、この土地の主が、私を励ましてくれたのだと思っています。

 

 

私は、15日から、この街で、設計の仕事をしていきます。この街の強度に負けない、この街の美しさに恥じない、そんな建物を作っていきたいです。精一杯頑張ります。でも、ふと迷ったとき、この街を歩いて、力を貰い、励ましてもらおうと思います。

 

 

強く、美しい建物を、私は作っていきます。

私は今日、

今まで勤務していた会社を、辞めました。正式には、辞める手続きを、して来ました。

 

本当に、いい会社でした。みんな優しい。みんな真面目。私(34歳)よりも若い人たちが中心の、とても勢いのある会社でした。

 

では、何故辞めてしまったのか。

 

 

私自身が、その会社での仕事に満足できなくなってしまったからです。

 

 

私は、謙虚に言っても、向上心の強い性格だと思っています。周りの人との会話では、周りの人に合わせながらも、陰で物凄い努力をしてしまうタイプなのです。

 

その努力が、今の会社では、正当に評価されない、と思ってしまったのであります。

 

世の中の報酬体系には、企業に長年勤めていれば、自然と給料が上がっていく形態と、仕事の出来によって給料が決まる、成果給の2種類があると思います。

 

今の会社は、前者なのです。

 

そして、私の仕事の仕方を考えたとき、適した報酬体系は、明らかに後者なのであります。

 

私は、目の前の仕事をきちんと仕上げるために、頭と全体力を駆使して、完成へと導いてきました。

 

しかし、そのことは、給料にはほとんど反映されません。

 

このことが、私に大きなフラストレーションを、与えていたのです。

 

勿論、若い人たちとの交流は、楽しかった。みんなフレッシュで、馬鹿なことを言って笑い合ったものでした。

 

でも、その裏で、何となく満たされない思いを、抱いていたのであります。

 

 

私は、何度も悩みました。「カネが、そんなに大事なのか?」「人生の本質は、人と語り合い、想いを共有し合うことなんじゃないか?」

 

そのような考えは、まだ消えていません。

 

でも私は、仕事に、やり甲斐と正当な報酬を求めることを、選びました。

 

 

間違っているのかもしれませんし、間違っていないのかもしれません。

 

しかし、もう決めたことです。自分の意思で、決めたことです。

 

後戻りはしません。

 

そして、自分の選択が間違っていなかったことを、証明してみせます。

 

 

 

今日の今日で、少し力が入っています。少し、後悔も、あります。

 

なるようになる、とも言えるかもしれませんが、自分の力で、切り開く。そういう風にしていきたいです。覚悟はあります。

 

 

まだ少しだけ、不安定な身分にあるため、恐怖心は拭い切れませんが、そんな時は、力強い音楽を。

 

 

サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ(紙ジャケット仕様)

サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ(紙ジャケット仕様)

 

 

 

「コールド・ターキー」などにおける、ジョンの熱い咆哮。私は、ジョン・レノンは、実はあまり好きではないのですが、それはきっと、この人があまりに人間の内面をえぐる歌を作るからなんだと思います。普段、カジュアルに聴くには、余りに重すぎる音楽なのであります(特に、ソロ時代)。ですが、本当に心が弱っている時、ジョンの歌は、真の意味で、心に活力を与えてくれる、と思っています。

 

 

私も、これから芸術の世界に生きる以上、ジョンのような、心(しん)の強さ、芯の強さ、真の強さを持った人間になっていきたいと思います。

 

 

…ちょっと重かったですね。これも、今聴いている、ジョンの歌声の影響か。このブログ、こういうこともありますが、もっとカジュアルな時の方が多いですからね。

 

(終わり)

久々に、

書きます。

 

少しだけ、自分をブラッシュアップさせる期間を設けていました。以前よりは、「建築」におけるレベルがUPしてると思います。しかし、インプロの世界に至るまでは、果てしなく遠い…。

 

 

今回は、「設計」のことについて、書きたいと思います。私、実はこの度、設計事務所に就職することになりました。場所は埼玉県で、いわゆるkoedoと呼ばれるところです。koedoは、私が幼少期に育った街です。昔の情緒漂うこの町で、私がかねてから希望していた設計という仕事に携われることは、これ以上ない幸せであります。

 

「設計」というものは、なんだか苦労してデザインを導き出して、お洒落な家を作り出すというようなイメージがあるかもしれませんが、私はちょっとだけ違うように感じています。「形態は機能に従う」。アメリカの建築家、ルイス・サリヴァンの有名な言葉です。つまり、家の形は、住む人の要求、土地の形、周囲の環境などによって、自然と決まってくる、と言ったような意味です。私も同感します。設計士というものは、家をセンス良くデザインする、といった要素も、もちろんあるとは思いますが、それよりも、与えられた条件を勘案しているうちに、自然と、(神に導かれるように、)家の形を決定していく、といったイメージの方が、近いと思うのです。

 

苦労するのは、デザインを導き出す過程にあるのではなく、そのデザインを導き出す触媒となる、多くの知識を身に付ける過程にあるのだと感じます。

 

ですが、私は、その知識を身に付ける過程までもが、楽しくて仕方がないのです。憧れの「設計」に携われる、自分の力で、家を始めとする、色々な建物を作り出すことが出来る。もう、わくわくして仕方がないのであります。

 

 

ところで、設計図面を理解するということは、熟練のいる作業だと思われます。素人が見ても、何が描いてあるのか、理解できないでしょう。私も今まで、その口でしたが、最近、ようやく、図面の「面白さ」のようなものが、分かって来始めました。私は、建築雑誌というものも割と見ますが、そこに写っている建物の写真と、併記してある図面を見比べることで、建物の出来方が本当に良く分かるのです。図面を見て、写真のような建物を頭の中でイメージ出来る、といった段階には、まだ達していませんが…。

 

日々、勉強。もう、何が何でも、がむしゃらに、この世界で生きていきます。私は、この世界で生きていけることに、一点の曇りもなく、幸せを感じています。

 

 

最後に、今聴いているCDを。

 

UK ブラック

UK ブラック

 

 

キャロン・ウィーラー『UKブラック』。写真はありませんが…。

 

クラブ・ジャズ?アシッド・ジャズ?グラウンド・ビート??とか、そこら辺の音楽です。1990年前後に、イギリスで流行した、クラブで踊れる音楽です。このキャロン・ウィーラーという人は、SOUL Ⅱ SOULというグループの、ヴォーカリストです。

 

このアルバムの中の、「リビン・イン・ザ・ライト」という曲が、私は大好きなんですね。ポップさとクールさが、絶妙なバランスで混じり合った、名曲だと思うのです。当時は、日本でもよく流れていたみたいです。

 

 

それでは、また、近いうちに書きます。今後もよろしくお願いします。