建築インプロヴィゼーション

私の中にある「即興性」が、私の「建築」に浸透するその日まで、ひたすら基礎練を積むブログです。

今日、夕方、車の運転をしました。

私が持っているのは、運転免許証ではなく、仮運転免許証です。そうです。路上に出たばかりなのです。

 

今日の運転は、午後の5時からで、ちょうど暗くなりかけの頃。1時間の教習が終わる頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。

 

今日私が路上に出たのは、これで5回目。こんなに暗い時間帯は、初めてでした。

 

別に、こう書いたからと言って、事故ったわけではありません。でも、非常に危なく、非常に怖かったのです。

 

具体的には、標識が物凄く見えづらく、金曜日の夜ということで、交通量もやたら多く、そして、初めてのコースを走ったからです。

 

更に、一昨日頃から、自分の体調があまりよろしくなく、走ってる間中、何となく浮ついた感じでした。

 

こういう時に、事故は起きるものなのだな、と、はっきり認識しました。

 

夕方、仕事終わりで、体は疲れている。周りの車や自転車、歩行者も、何となく浮ついてる感じがありました。

 

本当に、実に、怖かったです。

 

私は、明日の夕方から、次の路上教習を予約していましたが、2,500円のキャンセル料を払って、キャンセルしました。

 

次の日曜日の朝、改めて路上教習がありますが、その時間帯は、交通量も少なく、先生にも、少し軽めにしてほしいと、お願いしたいと思います。

 

正直に言います。私は、昨日の教習で、何となく上手く走れたような気になり、どこか運転を軽く思ってしまった節があります。

 

事故が起きてからでは、遅いのです。私は、猛反省しました。しっかりと勉強して、毎回毎回の教習を、これからは万全の態勢で臨んでいきたいと思います。そして、運転免許を取ってからも、絶対に事故を起こさないという確信の下、常に運転をしていきたいと思います。

 

幸い、卒業検定までには、まだ14時間あります。多くも少なくも、ないのだと思います。与えられた時間の中で、最大限に緊張感を保ち、運転の知識をできるだけ多く身に付け、危険を一つでも少なくするための技術を、身に付けていきたいと思います。

 

 

運転というものは、人の命に関わるものです。一瞬でもそのことを忘れてはいけないのだということを、今日、強く感じました。少しでも、この思いを、皆さんと共有できたら、と思ってやみません。

痛いほどわかる。

今日は、3月11日。東日本大震災の起こった日です。

 

震災で、身近な人を失ってしまった人々の悲しみが、身を刺すように感じられます。ご冥福をお祈りいたします。

 

 

このブログは、建築のブログですが、建築の世界でも、地震というものは、大きな懸念材料です。建物に、どれだけの強度を持たせるか。いかに作りを強くしても、それを超える大きさの地震が起きてしまえば、やはり建物は、倒れてしまいます。

 

これは、建築の分野の中でも、「構造」の問題です。

 

私がこれから進む分野は、「意匠」ですが、「構造」を無視した「意匠」は、あり得ません。建物の安全性を確保したうえでの、意匠デザインです。どちらかがより重要だということはありませんが、「意匠」に身を置く者としても、「構造」の知識を身に付けることをおろそかにしてはいけない、と私は思います。

 

 

私は今日、川越に行って来ました。小江戸と呼ばれるくらい、江戸時代から続く街並みの残る土地です。その時から考えれば、この街並みは、関東大震災にも、東日本大震災にも、耐え残ってきたものなのです。遥か昔から、建物の耐久性というものは、重く考えられてきた証拠であると思います。

 

私も、建物を作る身としては、何十年後も、何百年後も立ち残る、そんな頑丈な建物を作りたいです。何世代にも渡って、住む人を見守り続ける、利用する人に安心を与える、そんな建物を作りたいです。

 

そして、街に溶け込み、街の個性となる、そんな建物を作りたいです。

 

 

私は今日、喜多院にも行って、参拝をしてきました。喜多院は、平安時代創建のお寺です。千二百年もの間、この町を守り続けてきた建物なのです。私は、お祈りをしていた時、ふと誰かから、力を貰ったような気がしました。きっと、この土地の主が、私を励ましてくれたのだと思っています。

 

 

私は、15日から、この街で、設計の仕事をしていきます。この街の強度に負けない、この街の美しさに恥じない、そんな建物を作っていきたいです。精一杯頑張ります。でも、ふと迷ったとき、この街を歩いて、力を貰い、励ましてもらおうと思います。

 

 

強く、美しい建物を、私は作っていきます。

私は今日、

今まで勤務していた会社を、辞めました。正式には、辞める手続きを、して来ました。

 

本当に、いい会社でした。みんな優しい。みんな真面目。私(34歳)よりも若い人たちが中心の、とても勢いのある会社でした。

 

では、何故辞めてしまったのか。

 

 

私自身が、その会社での仕事に満足できなくなってしまったからです。

 

 

私は、謙虚に言っても、向上心の強い性格だと思っています。周りの人との会話では、周りの人に合わせながらも、陰で物凄い努力をしてしまうタイプなのです。

 

その努力が、今の会社では、正当に評価されない、と思ってしまったのであります。

 

世の中の報酬体系には、企業に長年勤めていれば、自然と給料が上がっていく形態と、仕事の出来によって給料が決まる、成果給の2種類があると思います。

 

今の会社は、前者なのです。

 

そして、私の仕事の仕方を考えたとき、適した報酬体系は、明らかに後者なのであります。

 

私は、目の前の仕事をきちんと仕上げるために、頭と全体力を駆使して、完成へと導いてきました。

 

しかし、そのことは、給料にはほとんど反映されません。

 

このことが、私に大きなフラストレーションを、与えていたのです。

 

勿論、若い人たちとの交流は、楽しかった。みんなフレッシュで、馬鹿なことを言って笑い合ったものでした。

 

でも、その裏で、何となく満たされない思いを、抱いていたのであります。

 

 

私は、何度も悩みました。「カネが、そんなに大事なのか?」「人生の本質は、人と語り合い、想いを共有し合うことなんじゃないか?」

 

そのような考えは、まだ消えていません。

 

でも私は、仕事に、やり甲斐と正当な報酬を求めることを、選びました。

 

 

間違っているのかもしれませんし、間違っていないのかもしれません。

 

しかし、もう決めたことです。自分の意思で、決めたことです。

 

後戻りはしません。

 

そして、自分の選択が間違っていなかったことを、証明してみせます。

 

 

 

今日の今日で、少し力が入っています。少し、後悔も、あります。

 

なるようになる、とも言えるかもしれませんが、自分の力で、切り開く。そういう風にしていきたいです。覚悟はあります。

 

 

まだ少しだけ、不安定な身分にあるため、恐怖心は拭い切れませんが、そんな時は、力強い音楽を。

 

 

サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ(紙ジャケット仕様)

サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ(紙ジャケット仕様)

 

 

 

「コールド・ターキー」などにおける、ジョンの熱い咆哮。私は、ジョン・レノンは、実はあまり好きではないのですが、それはきっと、この人があまりに人間の内面をえぐる歌を作るからなんだと思います。普段、カジュアルに聴くには、余りに重すぎる音楽なのであります(特に、ソロ時代)。ですが、本当に心が弱っている時、ジョンの歌は、真の意味で、心に活力を与えてくれる、と思っています。

 

 

私も、これから芸術の世界に生きる以上、ジョンのような、心(しん)の強さ、芯の強さ、真の強さを持った人間になっていきたいと思います。

 

 

…ちょっと重かったですね。これも、今聴いている、ジョンの歌声の影響か。このブログ、こういうこともありますが、もっとカジュアルな時の方が多いですからね。

 

(終わり)

久々に、

書きます。

 

少しだけ、自分をブラッシュアップさせる期間を設けていました。以前よりは、「建築」におけるレベルがUPしてると思います。しかし、インプロの世界に至るまでは、果てしなく遠い…。

 

 

今回は、「設計」のことについて、書きたいと思います。私、実はこの度、設計事務所に就職することになりました。場所は埼玉県で、いわゆるkoedoと呼ばれるところです。koedoは、私が幼少期に育った街です。昔の情緒漂うこの町で、私がかねてから希望していた設計という仕事に携われることは、これ以上ない幸せであります。

 

「設計」というものは、なんだか苦労してデザインを導き出して、お洒落な家を作り出すというようなイメージがあるかもしれませんが、私はちょっとだけ違うように感じています。「形態は機能に従う」。アメリカの建築家、ルイス・サリヴァンの有名な言葉です。つまり、家の形は、住む人の要求、土地の形、周囲の環境などによって、自然と決まってくる、と言ったような意味です。私も同感します。設計士というものは、家をセンス良くデザインする、といった要素も、もちろんあるとは思いますが、それよりも、与えられた条件を勘案しているうちに、自然と、(神に導かれるように、)家の形を決定していく、といったイメージの方が、近いと思うのです。

 

苦労するのは、デザインを導き出す過程にあるのではなく、そのデザインを導き出す触媒となる、多くの知識を身に付ける過程にあるのだと感じます。

 

ですが、私は、その知識を身に付ける過程までもが、楽しくて仕方がないのです。憧れの「設計」に携われる、自分の力で、家を始めとする、色々な建物を作り出すことが出来る。もう、わくわくして仕方がないのであります。

 

 

ところで、設計図面を理解するということは、熟練のいる作業だと思われます。素人が見ても、何が描いてあるのか、理解できないでしょう。私も今まで、その口でしたが、最近、ようやく、図面の「面白さ」のようなものが、分かって来始めました。私は、建築雑誌というものも割と見ますが、そこに写っている建物の写真と、併記してある図面を見比べることで、建物の出来方が本当に良く分かるのです。図面を見て、写真のような建物を頭の中でイメージ出来る、といった段階には、まだ達していませんが…。

 

日々、勉強。もう、何が何でも、がむしゃらに、この世界で生きていきます。私は、この世界で生きていけることに、一点の曇りもなく、幸せを感じています。

 

 

最後に、今聴いているCDを。

 

UK ブラック

UK ブラック

 

 

キャロン・ウィーラー『UKブラック』。写真はありませんが…。

 

クラブ・ジャズ?アシッド・ジャズ?グラウンド・ビート??とか、そこら辺の音楽です。1990年前後に、イギリスで流行した、クラブで踊れる音楽です。このキャロン・ウィーラーという人は、SOUL Ⅱ SOULというグループの、ヴォーカリストです。

 

このアルバムの中の、「リビン・イン・ザ・ライト」という曲が、私は大好きなんですね。ポップさとクールさが、絶妙なバランスで混じり合った、名曲だと思うのです。当時は、日本でもよく流れていたみたいです。

 

 

それでは、また、近いうちに書きます。今後もよろしくお願いします。

 

 

 

 

現場って…。

私は、平日は、建設現場で働いています。

 

現場というものは、面白いですが、大変なところですが、面白いです。

 

なんつーか、ごった煮の鍋みたいなもんです。

 

ただし、鍋にちゃんと枠があるように、現場には、「仮囲い」という名の、ちゃんとした枠があります。

 

「仮囲い」というのは、現場を囲っている、あの背の高い壁のことです。

 

これがあるせいで、一般の人は、この囲いの向こうで何が行われているか、見ることが出来なくなるわけです。

 

そこには、一つの社会があります。

 

主従関係もちゃんとありますし、民主的な社会でもあります。

 

しかも常に、上下関係が崩壊する、「革命」の波乱の余地を含んでいます。

 

この、あまりにも特殊な世界、内実を知っている人は、業界関係者しかいないのでしょうが、別に悪いことをしているわけではないので、なんだか私は、この閉じられた社会を、広く一般の人に紹介したいという気が、常に心の中で渦巻いているのであります。

 

ただ、私もまだこの業界、経験が浅い方です。他の人よりは、かなり深くこの業界に踏み込んでいるとは思いますが…。

 

いつか、何年後か、何十年後か分かりませんが、この建設現場をテーマに、小説を書いてみたいという気持ちが、私にはあります。

 

今の私では、書くにはまだまだおぼつかないところがあるのです。

 

じっくりことこと、自分の中で、その内容を煮詰めていくつもりであります。

 

 

 

さて、話は変わりまして、定番の(?)、今部屋で掛かっているCDコーナー。

 

 

コンピューター・ワールド

コンピューター・ワールド

 

 

テクノって、どうでしょう。YMOだとか、エイフェックス・ツインだとか、この音楽に関しても、巨匠はいます。

 

でも、どうなんでしょう。

 

所詮、コンピューターの奏でる音楽ですよ。

 

「音楽っつうもんは、人間が歌って、演奏して、初めて成り立つもんやろけ。」

と、人は言うでしょう(言わないか?)。

 

私も、昔から、割とそっち派です。

 

特に、ロックやジャズなんかを好んで聴いている私は、その演奏の、微妙な揺らぎ(グルーヴとも言います)に、大きく魅力を感じる所であります。

 

テクノなんて、リズムやテンポは正確無比なんでしょうが、それが逆につまらないんやないやろけ。

 

…、などと思っていたのですが、…これが、…なかなか…。

 

うーむ、人をイメージだけで、決めつけてはいけないように、この音楽も、イメージだけで云々言うのは、あまりよくないのかもなぁ。実際、YMOとか好きだし。

 

もちっと、聴き漁って行こうかと思います、テクノ。

 

 

ということで、今回は、建築に関しては、お勉強感の全く無い内容。

 

まあ、ちょっとした意思表明ではありましたが、これが本当に実現するかどうか…。

 

まあ、気長にやっていくつもりです。

 

それでは。

ラーメン食べたい。

ラーメン構造って、聞いたことありますか?

 

柱と梁がしっかりと結びついていて、頑丈な建物の作りなのだとか。

 

枠組みがしっかりしてるから、窓とか間仕切壁とかを、わりかし自由に設けることが出来るそうな。大きい開口部を設けても、建物が崩壊しないのですね。もうけもうけ。

 

ちなみに、ラーメンとは、つけ麺やイケメンの類のものではなく、ドイツ語で、枠、フレームのことを指すのだそう(Rahmen)。

 

 

ちなみに、今部屋で掛かっているCDは、スマッシング・パンプキンズ『メロンコリーそして終りのない悲しみ』。

 

 

 

実は今日、私が足繁く通う、disk unionにて、『メロンコリーそして終りの無い悲しみ』のデラックス・エディション(DVD付)を、購入してしまったのだ!

 

 

 

中古で、10,980円。安い!(高い…)。いや、高いけど、安いんです。私のように、中古CD集めをしている者にとって、1万円の出費というものは、1年に1,2回あるものです。レア盤で1万というのは、私の場合馬鹿馬鹿しくてあまり買いませんが(せっかく中古なんだから、新品より安く買わなきゃ。)、このようなボックスものだと、どうしても1万円付近まで行ってしまうんです。まあでも、CDの枚数も多いし、そう高い買い物でもないわけです。(さすがに、3万、5万の買い物はしません。)

 

 

あ、何の話でしたっけ?あー、ラーメンでしたね。ちなみに私は、ベビースターラーメンもちょくちょく買います。地味な出費が多くて、お金が貯まりません!

 

 

ああ、そのラーメンじゃなかったのでしたね。えーと、話を戻すと、ラーメン構造に似たものとして、壁式構造というものがあるんです。ラーメン構造が、フレームで支えるとしたら、壁式構造は、面で支えるのです。面(麺ではない)というのは、つまり壁や、床の面のことですね。壁や床に、建物に掛かる負荷を、負担させるわけです。ちなみに、壁の中でも、仕切りとしての役割よりも、負荷に耐えさせる役割を強化した壁のことを、「耐力壁」と呼びます。

 

 

更にもう一つ、構造を紹介すると、シェル構造、というものがあります。「シェル」とは、「貝殻」のことで、あの貝殻のような、微妙な曲面を、建築に応用したものなのですね。円筒形や、球形といったシンプルな曲面がやはり多用されますが、最近は、コンピュータを利用した、「自由曲面」と呼ばれる複雑な曲面を用いる例も増えています。

 

そういう、複雑な曲面を使用している建築家で、私が大好きな建築家は、フランク・O・ゲーリーです。

 

彼の建築の特長は、曲面の美しさにあります。複雑なのに、全く雑な感じにならない、滑らかな曲面の使い方をする方なのであります。

 

私も、将来もし設計の仕事をすることが出来たら、ゲーリーみたいに、「曲面の魔術師」(私が名付けた)とまでは行かないまでも、効果的に曲面を使用したものを設計してみたい!…センスを磨かねば…。

 

 

とまあ、今回も何だか雑然とした内容になってしまったが、このような感じでこれからもブログを続けていきます。くだらないことも書いてますが、これが私の書くときの温度みたいなもんです。こんな感じですが、これからもどうかご贔屓に。

「間取り」とは何ぞや?

さて、最初の話題は、「間取り」とはどういうものなのか、ということです。

 

とある百科事典によれば、「間取り」とは、建物内部の部屋の配置計画を言うそうです。そして、その目的は、住宅などの建物の平面図上において、部屋の広さ、相互関係、方位などが、住みやすく健康的であるようにすることにあるそうです。

 

「間取り図」、よく目にしますよね。一人暮らしを画策していて、不動産屋なんかに出掛ける人は、もう何十もの間取り図を見るんでしょうね。

 

私自身は、1回だけ、不動産屋に行ったことがあるだけです。一人暮らしをしようかと思いまして…。結局、止めたんですが…。

 

年齢は、恥ずかしいので、今は伏せておきますが、恥ずかしながら、私は、両親と同居しています。無論、独身です。………悔しい。もう33なのに!!!(言っちゃった。)

 

 

…とまあ、いきなり軽い暴露から始まったわけですが、ダサいという声には耳を塞いで、よくよく考えてみると、非常に住み心地のいい家なんですね、この私が育った家は。

 

一般に、一般人(お金持ちじゃないということ)が購入する家というものは、大抵が何らかの問題がある物件であることが多いように思う。例えば、「狭い」、「細長い」、「斜め」など。

 

私の家は、というと、「狭くない(広いとは言い難い)」、「四角い」、「斜めってない」など、意外といい物件なのである。庭もあるのだが、庭の延長上に、空き地があるという好物件。

 

設計士の親父が、目を光らせて探し当ててきた土地なのであった。まあ、その辺は、さすがというか。

 

とまあ、この住み心地の良さに安住して、婚期が遅くなっているという事実は否めないのだが…。

 

 

今その家の自分の部屋で聴いているのが、ジェイムス・テイラー『ダディーズ・スマイル』。

 

 

ダディーズ・スマイル(紙ジャケット・生産数限定)

ダディーズ・スマイル(紙ジャケット・生産数限定)

 

 

『親父のほくそ笑み』。。。もう私自身、ダディーになっててもおかしくない歳なのだが、なんだかんだで結婚をこの歳まで逃してきたのです。

 

こういうこと書いている時点で、哀れな30男臭が漂ってきそうですが、実際のところは、仕事、私生活共に、地味ながら張りのあるものなので、そこはまあいいのである。

 

ただ、私も建築の仕事を始めて、もうすぐ丸3年。仕事をし、本を読み、「建築」というものの外観は大方掴めたつもりでいる。あとは、個々の事象を、深く掘り下げて理解していくことだ。

 

…と言いつつ、「間取り」の定義さえ曖昧であった、私。ちなみに言えば、私は「設計」の仕事をすることを目標としている。現在は、現場で「施工」の仕事を、やっております。

 

「施工」もそれなりに楽しくはあるのですが、なんだかんだで親父の仕事を見ていると、「設計」に気が惹かれてしまうのである。

 

まあ、そんなにやりたいなら、やれよ、という話です。やりたいのですが、きっかけが掴めないのであります。

 

というわけで、「間取り」から始めようと、思った次第であります。

 

 

まず、考えてみる。

 

どの家にも必要な「部屋」は、どんなものがあるか。

 

まず、LDKですね。

 

リビング、ダイニング、キッチン。

 

リビングとは、居間ですね。「居間でしょ。」と、誰かが言ってたような、言ってなかったような…。

 

ダイニングとは、食事室ですね。テーブルで食事をする家もあれば、掘りごたつで食事、なんていう家(うちだ)もあるようです。

 

リビング、ダイニングは、それぞれ8畳からが目安だそうです。ちなみに、1畳は、181.8㎝×90.9㎝(1間×半間)、1坪が、1間×1間、畳2畳分になるそうです。メモメモ。

 

 

いいんだよ、別に。3年もやってて、こんなことも知らないの?と言われようが、何されようが。大体、建築の学校出てないし、さらに言えば、文系だし、もうゼロから始めるつもりで始めたんだから、この仕事は。

 

 

…おっと、少しばかり投げやりになってしまった。ちなみに書いておくと、1寸は、3.03㎝、1尺は、30.3㎝、1間=6尺ということになるようである。いいんだよ、別に、これ知らないでも、これまで生きてこれたんだから…。

 

あれ?何の話してたんだっけ…。そうそう、L、Dと来て、K、キッチンである。キッチンにも色々な種類があるようだが、それはまた後日。

 

LDK以外の「部屋」と言えば、まあ個室ですね。夫婦の寝室や、子供室  があります。あと「水廻り」なんてのもあります。

 

「水廻り」とは、浴室・洗面所・トイレなどの、水を使う箇所のこと。これらは大抵、1か所に纏めるか、隣り合った部屋とすることが多いようですね。

 

他の間取りとして考えるべき部分は、玄関、廊下、階段、収納などでしょうか。

 

 

ちなみに今部屋で掛かっているCDは、上原ひろみ『ビヨンド・スタンダード』

 

ビヨンド・スタンダード(通常盤)

ビヨンド・スタンダード(通常盤)

 

 

 

上原ひろみの家は、さぞデカいんだろうなあ。なんたって、グラミー・ホルダーである。

 

ピアノ室なんかを、間取りに入れたい、お洒落なご家族も、相当数いるんでしょうね。

 

後は…、駐車スペース、とか?ちなみに私は、車に乗らないので、おそらく縁の無いスペースです。

 

うーん、こんな感じだろうな。ほんとざっくり言えば。

 

 

今回は、導入として、「間取り」というものに、少しだけ触れてみました。これからここを掘り下げていくのか、はたまたもう別の話題に移るのか。気まぐれで、大雑把な私に付いて来れる方が、ほんの少しでもいて下さると、私も書くのに張りが出るのでございます。

 

目的は、家を建てる、という問題に、生涯必ずぶち当たるが、何から調べればいいか分からない方と、一緒に情報を共有することにあります。3年間の建設業界での経験を生かして、少しでも指南役になっていければいいな、と思っています。

 

それでは、また次回、よろしくお願いします。